オーゼキコーキPHOTO BLOG ~僕らを幸せにするカメラとの日々~

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写真人:オーゼキの価値観 ~ありがとうを繋ぐは至上の喜び~

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今日は少々時間があるので、ここで改めて僕の価値観を記しておこうと思います。

 

僕は写真人である

 昨日、妻と写真の仕事や今後のことについて話しているうちに、いまいち僕の価値観を共有できていない事に気が付きました。

割と長い時間をかけて説明したものの、”良い暮らし”とは何か”幸せな人生”とは何かという部分においては、もう少し時間をかけて理解してもらうこととなったのです。

 

あまりに話が長くなる恐れがある為、先ずは僕の考える”良い暮らし”とは何なのかについて話します。

 

僕は写真人でありますから、写真にどっぷりと浸かった暮らしが良いに決まっておりますが、ここで話すのはそういう事ではありません。

分かりやすく言うなれば、暮らしのステータスやスペックについてであります。

 

例えば『家』です。

 

現状は割と狭めのマンションに暮らしております。

とは言え3歳の息子を含む家族三人でちょうどいいくらいであり、「もう少し子どもが大きくなったらば引っ越しをしたいな」と思う程度です。

実は僕自身、今の暮らしに大、大、大満足しております。

 

それは必要十分な収入に、必要十分な写真やカメラとの時間、必要十分な家族との時間。

決して貧しくなく、必要十分な美味しい料理や食材を入手できて食すことができる。

 

果たして、これ以上何が必要なのでしょうか。

 

その問い対する妻の意見としては「一度は良い家に住んでみたい」というもの。

 

その気持ちは本当に心からよくわかります。

ですが、これに同意するのは2年前までの僕です。

自分が写真人であると気が付き、様々な角度から自身を見つめなおした現在では、アッパークラスと呼ばれる家での暮らしには微塵も魅力を感じません。

 

 

東京の暮らしって思っていたのと違う

18歳で青森から上京後、これまでにテレビドラマや映画で知り得ていた”東京の暮らし”と、僕の置かれている現実との乖離を理解できない期間が10年程続きました。

今ではお恥ずかしい話ですが、まぁ、そんなもんではないでしょうか(笑)

 

東京はガラスがたくさんで、ネオンもあって煌びやかで楽しいところ。

昼間はおしゃれなオフィス街にナイスガイ。

夜景が見える部屋は成功の証。

 

↑おバカですけど、本当にこんな風に思っていた時期もあったんです。

 

でも実際は全く違って、畳6枚の部屋の家賃すら払うのが大変。

映画や映像関係の駆け出しの仕事は安いと1日5000円、高くても10000円。

福利厚生なんて「なにそれ」って感じで、気が付くと様々な請求書が家に届く(笑)

毎日髪はボサボサで身なりは黒くて汚れても良いような服ばかり。

食べ物はインスタントラーメンか、そうめん、うどん、パスタなど。

カップ麺なんて高くてコスパが悪いので買えやしません。

 

たまに田舎の両親から届く米や缶詰をつまみながら、頭の中に響くのは撮影現場で先輩から耳にした言葉。

 

「結局、金持ってるプロデューサーなんてのは良いところの大学出てる。俺たちはなれないよ」

 

なんて寂しい現実でしょうね。

でも今日だってこの暮らしを続けている人たちがいて、日本の映像産業が成り立っている事実。

過労死だって日常茶飯事。

でも個人フリーでやっている、いわば”野良”のスタッフはニュースにもならないでしょう。

某大手広告代理店の駆け出しスタッフだって、今でこそ多少の緩和が図られているものの同じようなものです。

 

高級で艶やかな東京をテーマにした映像作品は数多くありますが、カメラの後ろには薄汚れた服を着たスタッフが大勢いるんです。

 

でも彼らの中には、それでも仕事を辞めようとせずに打ち込むのです。

それはなぜでしょう。

 

予算が少なく苦労している映画で分かりやすく言えば『映画人』だからです。

 

カメラマンって儲かるの?っていう質問をする人、よく聞け

ニヤニヤしながら自身と比較したくてこんな質問をする人は個人的に大嫌いです。

これほど詰まらない質問は無いですし、大金を手にしたいなら他の生き方をするべきだと素直に思います。

でも無理やり答えて差し上げましょうか。

個人の腕や営業力次第でピンキリで、その辺の大手商社の高給取りリーマンよりも稼げる人もいるしチャンスもあります。

以上

 

では良い暮らし、良い人生ってなにさ

簡単なことです。

『心豊かに生き抜ける暮らし』です。

つまり、高級マンションや豪邸に住んでいる方を羨ましく思わないだけで、全く否定する気もありません。

例えば今から話すことはやや大げさですが、SONYの社長が普通に山手線で電車通勤していたり、セキュリティの無いアパートに暮らしていたら、どう思います?

もし僕がSONYの社員なら「勘弁してくれ、何かあったらどうする」と思います。

だから僕は前述で”必要十分な”という言葉を使っているんです。

 

僕ら人間は愚かなことに”欲の塊”だと思います。

もし僕がテレパシーで会話する宇宙人なら、こんな危険な生物とわざわざ交友関係を持とうなんて思いません(笑)

あれ、なんか違う話になるな・・・;

 

えーと、つまりですね。

必要以上の物を求め”続ける”のは無駄なのです。

でも求めてみるのは無駄ではないです。

複雑ですね、でもわかりますよね?

 

必要十分な暮らしを手にし、心を豊かに膨らませ、保ちながら死に辿り着くまで生き抜ければ最高です。

今が良ければ良いという考えはNGです。

今が良ければ、どのように継続させるのかを考えなくてはなりません。

その手法は人それぞれです。

得意不得意が十人十色ですから、己に最も適した方法で達成できればいいと思うのです。

 

僕は写真人であり夫であり父である。それ以外の何者でもない。

さて、ここまでざっくりと僕の思う『豊かな暮らし』についての伏線を話してきました。

きっと一つ疑問が浮かんでいるのではないでしょうか?

「でも結局お金は必要」という。

 

その通りです。

必要十分なお金をどのように手にするのかが問題点であります。

そこで僕の信念をお話ししましょう。

 

『”ありがとう”を頂くこと』です。

 

そしてその”ありがとう”を、次の”ありがとう”へと繋ぐためには、僕が食事をして眠って、体調を維持する必要があります。

だから『お金』として頂くのです。

 

つまりお金は自分の私利私欲を満たすためではなく、次の”ありがとう”へと繋ぐために存在する、あるいは”させる”というのが僕の考えであります。

 

もうこれ以上伝えることは無いほど、僕の思想や原動力はこれが全てです。

 

そして、この”ありがとう”の質を上げていくために『機材選び』『腕の向上』『伝えて売る力』が必要になってきます。

ま、あくまでも「写真人の場合は」ですけどね(笑)

 

『モテたい』と『感謝を繋ぎたい』は大きな分かれ目だと思う

どうも世の中、見ていると”モテたい”人って多いですよね~。

まぁ、生物学的には自然なんでしょうけど、僕の場合モテるかどうかは別の話として、第三者やマスメディアが作り上げた尺度で自身を測りたくはありません。

 

必要以上のお金が欲しい人の理由の中には『モテたい』が隠れている気がするんですよね。

隠していない人もいますけど、それはそれで逆に良いと思いますが(笑)

 

芋を作った人と大根を作った人が、互いに分け合いながら暮らしていけばいいのに、やはり『モテたい』人がでてくるから変なことになるんですよね。

 

なんか変ですか?僕。

 

と、いうことで僕は写真人

長らく書きなぐって参りましたが、こうした考えが僕の価値観であり喜びなのです。

自分のしたことで人が喜んだら、嬉しいじゃないですか。

じゃあそれを続けていけば『心豊かな良い暮らし』ですよね。

 

それでは今後とも『オフィス写真人』を宜しくお願い申し上げます。

って、屋号に写真人って付けたんで、正真正銘ぼくは「写真人のオーゼキコーキです」(笑)

 

オーゼキコーキ

 

【本日の一枚】

 

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