オーゼキコーキPHOTO BLOG ~僕らを幸せにするカメラとの日々~

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~僕らを幸せにするカメラとの日々~

本音の在処

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FUJIFILM X100T + WCL-X100

 最近は良く分からなくなることがあります。

自分が過敏で気にし過ぎているだけなのか。

それとも写真を撮ることに意識を向けた状態だからこそ見えてくるものが在ってそれを感じているだけなのか。

 

つまりは”僕の行動範囲における”と注釈をつけた上での、日本人のマナーや他人への配慮に関する素行の悪さについてであります。

 

子どもの頃は当たり前に出来ていたことが、年齢を重ねるに従って徐々に失われていくのは何故なのか。

たとえば挨拶。

”おはよう”から”いただきます”、”ごちそうさま”だけでなく、”ありがとう”に至るまで言えない人なんて、「石を投げれば当たる」と言っても過言ではないほど多いと感じています。

”きっと”あれだけ教わったじゃん、小さい頃に。

”きっと”ちゃんと言えてたじゃん、小さい頃に。

 

ところが。

昨日はその小さい子(小学1年生くらいかな)が電車内で1人、大きな声で携帯電話を片手にお友達と話していました。

話の内容なんて緊急性などはなく、カードゲームの希少キャラクターが強いとか弱いとか、今度は貸すとか借りるとか。

問題なのはその子というより、周りの大人たちが誰一人として気にすることなくスマホを見つめている状況です。

その子は最初、うろうろと少し僕から離れたところを歩いていたのですが、やがて偶然にもすぐ隣の席に座って来ました。

背格好は僕の息子と大して変わりません。

あまりに大きな声で話を続けていますから、僕はしっかりと隣に居るその子へと視線を向けました。

すっかりと目と目が合います。

僕はゆっくりと首を横に振り、ひとさし指を自身の口に当てながら「電車内で通話するのは良くないことだよ?」と声を掛けました。

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DMC-L1 + LEICA D SUMMILUX 25mm F1.4

 

するとその子は慌てて口元を手で覆い、電話の相手に「ちょっとまって、注意されちゃったよ、すこし待って」と小声で言いながら席を立ち、隣の車両に向かって歩きながら通話を続けています。

ちょうどその時に僕は目的の駅へ到着しましたから、降りて振り返ると、まだその子は隣の車両の中で通話を続けていました。

「注意されちゃった」って言ったという事は、良くない事だと認識はできているんですよね。

だけどやっちゃう。

 

これは各々の良心による裁量が大きく影響する事です。

そりゃ僕だって良くないと理解していながら、深夜で車も人も居ないとき、歩行者の信号が赤でも小さな道だったら渡っちゃいます。

でもシチュエーションがそういう時だけです。まじです。

 

どのように受け取られても構いませんが、今書いていて自分が”やっちゃってる”悪い事を考えましたがそれだけですよ、ほんと。

あ、あ、もう一個あったな(笑)

それは最後に書きます;

 

そうそう、話を戻しますが、僕はその電車を降りて改札に向かうまでの間、ものすごく寂しい気持ちに襲われました。

ちょっとした事まで文字でお伝えするのは難しいのですが・・・

その子への注意がその時に届かなかった事や、周りの大人たちが完全に無視していたこと以外にも、僕がその子に声をかけた瞬間に、何かこう音はしないものの「ざわっ」或いは「しーん」みたいな変な空気がその場に流れたんです。

それが何を意味するものなのか、少し考えたけど嫌気がさすだけな気がしてやめました。

 

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DMC-L1 + LEICA D SUMMILUX 25mm F1.4

明くる日。

僕は撮影の仕事で昨日とは異なる電車に乗っていました。

場所はたしか六本木とかその周辺だったと思います。

車内アナウンスが「まもなく発車致します」と扉が閉まろうかとした時。

突然「ドダンッ!」という音がして振り返ると、同じ車両の10メートルくらい先の入り口付近で、おばあさんが尻もちをついて痛そうにうずくまっている姿が乗客の隙間から見えました。

「えー」とか「うわ」など、どよめく声がその付近に上がり、当然ながら人も多いので近くに居る誰かが手を差し伸べるだろうと思いましたが全くその気配がありません。

僕は「そんなバカな」と憤る思いに駆られながら走るように人を掻き分けようとした瞬間、背の高い男性がスッとおばあさんの元にしゃがみ、声を掛けながら抱き起こしました。

彼は見たところアメリカ人のようです。

おばあさんは「ありがとう、ありがとう」と何度もつぶやくも、その男性は日本語を話せない様子でありジェスチャーを使って安否確認をしているように見えました。

 

少しすると彼は元々立っていた位置に戻っていきましたが、その瞬間、手を耳元で動かすのです。

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FUJIFILM X100T

 

彼は両耳にヘッドホンを当て直していました。

 

推察するに、トラブルの瞬間は両耳で音楽を聴いていて周りの音が聞こえなかった事により気付くのが遅れたのだと思います。

 

そして。

周りの日本人。

数名の若者はスマホを見続け、中には友達同士微笑む姿も見えました。

40~50代の者は見ているだけ。

まるでプログラムされたこと以外の事態には反応できないアンドロイドのようであります。

 

で、ぼく。

駆けつけようと他の乗客を掻き分けようとした際に「すいません!通ります!」と言ったのですが、外国人男性のおかげで事態は収束したために更に進む必要のなくなった僕は引き返すのでありますが・・・

しっかりとスーツ姿の60歳前後のじいさんに「チッ」って舌打ちされました。

 

改めて言いますが、字面で読むよりもその時は数秒の出来事です。

ここまで読んでいただいている中にも様々な方がいると思います。

「は?オーゼキ、まるで良い人ぶりやがって」

「これは共感する!自分にも似たようなことがあった!」

 

被害妄想なんて無いです。

全部完全に真実です。

 

ただ、客観的に読みますと僕の状況判断能力が良く出来過ぎていたり、早すぎたり、更には周りの様子などの情報量が多いと感じる方が居るのはわかります。

だから中にはこの話のリアリティが薄く感じる方が居てもおかしくありません。

 

ですが自分なりのハッキリとした理由だけは書き添えておきたいです。

僕は4歳くらいから上京するまでの長い間で格闘技を身に着けてきました。

べつに向いていませんでしたが、そこそこの実績も持っていて多くの方よりも瞬発的な状況判断や反応速度が速いのは当然で自分でも理解できています。

また現在の仕事柄、日々の通勤などで規則的な生活パターンが備わっていませんから、非日常的な事態に対する脳の抵抗や現状維持を無意識に取るような保守思考も持ち合わせておりません。

ましてや写真を生業としていますから、周囲へ向けているアンテナの周波数は正直なところ比じゃないと思っています。

ですから、それを踏まえると不思議な話でもないかと・・・

 

写真以外で仕事するなら警察官か探偵かって感じです(これはドラマ見過ぎか;)

 

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DMC-L1 + LEICA D SUMMILUX 25mm F1.4

さて、ここまで2つの事柄を長々と話してしまいましたが、実は他にも書ききれないほどの出来事もあって、もう本当に疲れ果てています。

 

そこで最後に僕が言いたいのは、自身がこの体験から変な目線を向けられたり嫌な思いをしたことを取り上げて悲観しているのではなく、こんな空間が至る所で日常茶飯事な割には、テレビをつけると「安全で美しい国」「日本人の美徳」「おもてなし」「東京オリンピックに向けた意識の高い取り組み」などなど、あらゆる飾った理想が流れてきます。

 

もちろん全てが偽りじゃなく、とても良い部分だってたくさん有ることは未熟ながらも知っています。

だけど日本人どうこうじゃなくて、そもそも人として異常な面を何度も目の当たりにすると、嫌でもメディアの掲げる理想と現実の差を感じてしまうのです。

 

ともすれば自分だけが変な世界に迷い込んでしまったのかと疑いたくなるほど、

妙な孤独感すら覚えます。

 

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DMC-L1 + LEICA D SUMMILUX 25mm F1.4

かと言って写真を使いこの現実を世に発表し、伝える事そのものに意味や正しさが存在するのかも現状では判断がつきません。

「どうすれば良いのかわからない」

「でも異常なこれらを放置していいものか」

「とはいえ何すりゃいいのさ」

そんな感じで困っています。

 

いやいや、もっと他に困ったり悩むことがあろうに、と自分でも思いますよ。

フリーで写真をやっている人間ですから、仕事が勝手に舞い込み続ける保証はゼロ。

常に色々と考えていて、右脳や左脳を行ったり来たり。

仕事だけじゃなくて家のことだってあります。

先日も息子の入園式に行ってきました。

『4K×手振れ補正×明るいレンズ』が欲しかったので、FUJIFILM X-H1 + XF16-55mm F2.8のセットで挑むも、周りのお父さんの7割が小さなハンディカムで3割がスマホ

 

はい、僕だけデカイX-H1(笑)

 

半数はミラーレスっていう時代じゃないのか!今は!!

それともやっぱり俺が変なのかっ!!!

そんで動画にも残っているけれど多くのお母さんたちX-H1のこと見過ぎ!!!

 

あぁー、結局は話が脱線しましたけど、まぁいいです。

もう脱線したまんまで。

戻りたい話でもありませんから。

 

えっと、そうでした、最後に僕の悪事を書かねば(笑)

 

毎日じゃないのですが週に2回くらいは自転車で隣駅のカフェまで行くこともあります。

問題はこの自転車なんですが、リサイクルショップで買ったもので、『折り畳み自転車だけど、1か所の部品が破損していて折り畳みで来ません』ということから非常に安く買ったんです。

見た目はピカピカですし、別に収納する予定はありませんでしたから。

新しく来た自転車にウキウキしながら乗ってたどり着いた隣町の駐輪所。

都内近郊には多い有料装置タイプの『ガチャ』っと自転車のタイヤを入れるやつです。

 

僕は「歩いても来れる範囲なのにお金かかるの嫌だなぁ」と思いながらも、仕方がないと受け入れて自転車をセット。

セット、せっっと・・できない。

 

そう、僕の自転車のタイヤが規格外に小さくて(確かに息子のチャリよりも2まわり小さい)、全然その駐輪装置に入らないのです。

 

つまり・・・。

 

すいません。

 

ちゃんとセットすれば8時間で50円かかるんですよね。

 

すいません。

 

まぁ、ひと先ずは全てでは無いにしても感情のモヤモヤしていた部分を書けて良かったです。

読んでいる方は決して楽しい内容では無かったと思いますが、どうかお許しください。

こういう事って案外なかなか言えなかったり、話せてもチラッとしか伝えられなかったりで、どうしても本音を何処かに遺しておきたかったのです。

 

そうなると僕にはこのブログしかないものですから。

だけど全部で下のを合わせて7カット。

久しぶりにいっぱい載せたなぁ♪

あとL1やっぱすき。

 

オーゼキコーキ

 

【本日の1枚】

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DMC-L1 + LEICA D SUMMILUX 25mm F1.4